しまねこかぶり

(一応)理系女子大生の日記です。研究室に通っています。活字と2次元が好き。マイペースで人付き合いはちょっと苦手なタイプ

『明るい夜に出かけて』

夜中に家を出るのって、なんだかわくわくする。目的は何でも構わないのだ。コンビニに公共料金を払いに行くのでも、アパートのゴミ置場にゴミを出すのでも、郵便受けを覗きに行くのでも。外にぎりぎり出られるくらいの服装と髪型で、最低限の荷物だけをポケットか小さなポシェットに入れて、薄汚れたスリッポンに履き替えて玄関を出るとき、妙に心が浮き立つ。

 

この感じは、昔の家族旅行で味わったそれに似ているなと思う。食事もお風呂も済ませて、落ち着いた夜の9時頃。いつもはそんな時間に外出するなんて許されないけれど、退屈まぎれに誰かが「売店まだやってたらアイスでも食べよか」なんて言い出して。旅館の浴衣に乾かしたばかりの髪の毛、裸足にスリッパを突っかけて部屋を出る。廊下にあいた窓の外はすっかり暗くて、そこかしこに間接照明が置かれていたことに気づく。館内には、ゆったりとした音楽が流れていて、無意識に密やかになる私たちの声と、ぺたぺたいうスリッパの足音がそれに重なる。別に、売店がまだ開いているかどうかは重要じゃなかった。夜中に部屋の外に出る、その非日常感だけで満足だった。

 

 

私はもう大人だけれど、夜中の一人での外出は、基本的に危ない。女の子だし、そう教えられてきた。だからむやみにはしないようにしているけれど、どうしても、止むを得ない事情で、外に出なきゃならないときもある。こないだは、ライブのチケットの発券が始まっていることに夜中に気づいた。発券は早い方が、前の方の席になるんじゃないだろうか? これは止むを得ないよね、と自分に言い訳し、苦々しいけれどやはり浮き立つ心で、ファミマへ行こうと外へ出た。

 

いつもは自転車に乗るけれど、この日は歩きたい気分だった。ゆっくり、ゆっくり歩いた。コンビニ、夜にはひときわ明るく見える。

 

『明るい夜に出かけて』。こないだ読んだ、佐藤多佳子の本。大学を休学し、深夜のコンビニバイトで一人暮らしする若者の話だ。なんて素敵なタイトルだろうと、思いませんか。コンビニ、ベッドから窓の外に見える遠くの街灯の明かり、昼には気づかなかった廊下の間接照明、白いガードレール、今まで出会ってきた数々の夜の情景が浮かんでくる。それらは明るいけれどどこか夜の暗さを持っていて、そして優しい。

 

発券はすぐにできたけれど、なんとなく帰りたくなくて、ふらふらと近所の公園の方に足を向けた。公園は真っ暗で、足元もよく見えなかったけれど、それに抗うみたいに舗装されていない道を歩いた。いつもは子どもたちで賑わっているけれど、夜はひんやりとしていて静か。それでも一人、ジョギングのおじさんが少し向こうを走り去っていった。こんな夜中に、どこへ向かっていくんだろう。

 

そして少し開けた、大きな池の見えるところまで来て、はっとした。水面に、青や白やオレンジの光が微かに揺れながら、きらきら輝いていた。それは、なんてことのない、公園の向かい側にあるカラオケ屋やバーの看板の明かりが水面に反射しているのだった。その看板の向こうにはきっと、こんな夜中に飲んだり騒いだりしている人たちがいる。

 

それでもその光景は、ちょっとどきどきするくらい綺麗だった。水面のきらめきの向こうにいる人たちは、この光景を知らない。そして私は今日、これを見るためにふらふらと歩いてきちゃったんだな、と思った。たぶん私は今日、寂しかった。部屋に一人でいるのが。部屋が静かなことに気づいてしまうのが。でも、これを見られたからもう大丈夫だわ、と、その時確かに思えた。私の知っている明るい夜が、一つ増えた。