しまねこかぶり

(一応)理系女子大生の日記です。研究室に通っています。活字と2次元が好き。マイペースで人付き合いはちょっと苦手なタイプ

終わりに向かう

今年も終わりに近づいてきましたね。

私は、年末の感じがすごく好きだ。なんだろう、「2017年の私」という一つの物語が、終わりに向かっていく感じ、と言えばいいかな。この感じは、死に向かう感覚に近いような気もする。

 

悲しかったことや苛立ったこと、誰かを傷つけてしまったことや傷つけられたこと、ちょっと悪いことをしてしまったこと、今年もきっと沢山あった。それらも全部、この「2017年の私」という物語のページにぎゅうぎゅうに押しやって、ハードカバーの表紙をえいっと閉じてしまえば、なんだか穏やかな気分になる。全てを許せて、全てを許されるような気がする。なんとなくハッピーエンド、めでたしめでたし、みたいな。穏やかな終わりが待ってるぞ、と思うといつもよりも頑張れるのが、年末の私だ。

 

年末の「良いお年を」という挨拶は、死に際の挨拶みたいだと思う。私はこれを言うとき、まるでその人にもう一生会えないような、ひどく物悲しい気持ちになってしまう。私の心中では、12月31日を少し超えたところは断崖絶壁になっているのだ。その向こうはぼんやりと霞んでいて、彼岸みたいなものがあるように思う。でもこの切なさが嫌いではなかったりして、気付けば自ら進んで「良いお年を」を言っていたりもする。

 

しかし、カレンダーの最後のページが無くなったって、後ろには新しい一月がしっかりと控えていて、時計は平然と進んでいく。そのことを思うと、私はひどく疲れてしまう。せっかくそれまで積み重ねて、着実に大きくなっていった日付の数字も、ある瞬間を過ぎればいともあっさりと、あまりにシンプルな数字に巻き戻ってしまう。それは、努力して積み上げてきたものが不可抗力によってあっさりと消え去ってしまう絶望に等しい。前年までを生きた私は全部無かったことになって、はい一からやり直し、と言われている気分。新しい一月がきてしまうことは私にとって、もはや恐怖だ。

 

ほんとうに死んじゃう日も、カレンダーに書かれた12月31日みたいに、きっかり分かっていればいいのに。そうしたらもうちょっと、人生を頑張れる気がするなぁ。