話の振り方
休み明け、研究室に行くと隣の席のポスドクが声を掛けてきた。花火大会には行ったんですか。その2日前の土曜日に、大きな花火大会が隣の市であったのだ。
はは〜ん、話を振ってくれてはいるけどこの人はただ、自分が花火大会に行った話がしたいだけだな。私は勘づいた。だって、行っていない花火大会の話なんて惨めになるだけだから、自分から振る筈がないのだ。
こういうとき、話を振った本人は相手の返答にはさほど興味がない場合が多い。だから私は、友人とショッピングモールの屋上から遠くの花火を眺めた話を簡潔にして、あなたは行かれたんですか、と問いかけた。
予想通り、相手は嬉しそうに語り始めた。旦那と出掛けていって、運良く河川敷のいい席が取れたんです。駐車場を探すのに苦労しました。小さい折り畳み椅子を持っていったのが正解でした――。私はにこやかに相槌を打った。
最近食べたおいしいものは何ですか、今はまっていることはありますか、この週末は予定はあるんですか......などと、相手にざっくりと話題を振るとき、それは大抵、単に自分が話したい話題だと思う。考えてみれば当たり前のことだ。人は自分の知っていることしか話せないから。アメリカの大統領選に興味のない人が、クリントンのTPPに対する態度をどう思いますか、なんて切り出せる筈がないのだ。
かく言う私もそう。先日、男友達と食事に行ったとき、私は最近はまってるアニメとかあるの、と問いかけた。すると相手はなんとかのソーマとかいうアニメのことをアツく語り始めた。私はうんうんと聞きながら、そなちゃんはどうなの、と切り返してくれるのを辛抱強く待ったが、ついにその瞬間は訪れなかった。
私は脳内で叫んでいた。違う、私はなんとかのソーマの話を聞きたかったんじゃない! いや別に聞きたくなかった訳ではないけれど私は単に、今はまっているモブサイコ100っていうアニメの話がしたかっただけなのだ! でも自分から「これこれにはまっててさ〜」って切り出すのもなんか微妙じゃん!お前そんなんだから彼女できないんだぞ!!! (とても私が言えた立場ではない)
けれども結局、その後ショッピングモールの屋上から一緒に花火を見たのは彼となのだった。背の高い建物の間に上がった花火はこぶし大くらいの大きさで、光が放たれてから随分あとに、どーん、という音が耳に届いた。私の隣で友人は、去年や一昨年は会場まで行って見た、今年も行きたかったと早口で話していた。私は、それなら会場に誘ってくれれば良かったのに、お前そんなんだから彼女できないんだぞ、と心の中で呟いた。