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しまねこかぶり

(一応)理系女子大生の日記です。研究室に通っています。活字と2次元が好き。マイペースで人付き合いはちょっと苦手なタイプ

年をとらない友達と赤いチェックのマフラー

私には、年をとらない友達がいる。名前は雫ちゃん。中学と高校が同じで、一緒にお昼ごはんを食べたり、休日に二人で遊んだり、とても仲が良かった。でも、別々の大学に進んでからは一度も会っていない。

 

 

先日、雫ちゃんのお母さんと食事に行った。私は大学進学を機に一人暮らしを始めたのだが、その場所が偶然雫ちゃんの実家の隣の市だったので、時々こうして彼女のお母さんが食事に誘ってくれる。

 

家を出る前、私は少し迷ったが、結局赤いチェックのマフラーを首に巻いた。中学時代に、雫ちゃんの真似をして買ったものだ。私たちは小柄な体格が似ていて、これを巻いて二人で一緒にいると、双子みたいだねってよく言われた。そのたびに二人して笑い飛ばしたけれど、可愛くて、才能に溢れている彼女に似ていると言われることが、私は内心嬉しかった。

 

それから左腕には、シルバーのチェーンのブレスレットを巻いた。いつかの誕生日に雫ちゃんから貰ったものだ。雫ちゃんは春、私は夏生まれだったから、彼女は常に私より数ヵ月長く生きていた。だけどいつの間にか、私は彼女の年齢を、1歳、2歳、3歳も超えてしまった。

 

 

雫ちゃんのお母さんは、車で私を迎えに来てくれた。元気だった?半年ぶりくらいだねと、挨拶を済ませてからお母さんは、今のアルバイトについて元気に話し始めた。主任さんがとてもいい人だということ、先月はマイコプラズマで2週間も休んでしまったこと。お母さんと会うとき、私はほとんどずっと聞き役に回る。私は、お母さんの話を聞くのが好きだ。いろんなものに対して好奇心が旺盛で、でもそれがあまり長続きしないところが雫ちゃんとそっくりで、彼女を感じられる。

 

車が目的地に近付いたとき、お母さんがそれまでの話を中断して突然、右手に見える背の低いアパートを指差した。

 

「そなちゃん見て!雫がまだ小さい頃、ここの2階に住んでたの。雫はよくベランダから何か叫んでたんだよ」

「あはは、雫ちゃん、意外とやんちゃだったんですね」

 

小さな雫ちゃんが、自分より随分背の高いベランダの柵を握りしめている姿を、私は想像した。

(雫ちゃんが見ていた風景を、私も今見てるよ)

心のなかでそっと語りかける。

 

住宅街の中にある、小さなバーに案内された。お母さんは昔からここの常連で、雫ちゃんもよく一緒に来ていたという。中に入ると、店内は思ったより広々としていて、天井が高かった。白いワイシャツに黒いズボンで身なりを揃えた店員たちと、大きな木の机。壁の棚にはワインのボトルと日本酒の瓶が一緒くたに置かれていてちょっとちぐはぐな感じがしたけれど、不思議と店の雰囲気に馴染んでいた。

 

私たちは、沢山喋った。正確には主に喋っていたのはお母さんで、私はいくつかの質問と相槌を挟みながら楽しく聞いていた。お母さんはよく笑い、私の腕を軽く叩き、時々内緒話をするみたいに私の耳元に口を寄せた。二回りも年の離れた私に打ち解けて接してくれるのが嬉しかった。

 

「そなちゃん、アルコール飲んでもいいんだよ〜。」

お母さんがお酒のメニューを私の前に広げてくれるので、「えへへ、じゃあ、お言葉に甘えて...」と、私はカクテルを選び始める。

「なんかそなちゃん、お酒強そうだねえ」

「いや、別に強くないですよ。そこそこ、そこそこです」

「弱い人は、そこそこなんて言わないんだよ!」

なんていうやり取りの後、私は「雫ちゃんはお酒、強かったんですか?」と口にして、そしてはっとした。二十歳になってお酒を飲む雫ちゃんを、私もお母さんも知らない。そのことに気が付いて、一瞬、心臓がきゅっと軋んだ音を立てた。

 

 

雫ちゃんを失ったとき、ありふれた表現だが私は、心に穴が空いてしまったようだった。真っ黒で、虚無が詰まった穴。触れるとどくどくと血が流れた。お母さんに会うようになると、その穴には、ふわふわとした愛情と優しさがいくらか詰め込まれた。それでも、穴を完全に埋めることは到底できない。

 

 

帰りの車の中で、お母さんがぽつりと言った。

「不思議な感じがするの。雫が亡くなって...でもこうして、今度はそなちゃんがこっちに来てくれて...」

それ以上、言葉は続かなかった。私はちょっとだけ泣きたくなった。

 

お母さんは、私を一人の人間として接しようと、意識してくれているような気がする。「雫の代わりにそなちゃんが来てくれた」と言うと、私が傷つくと思っているのかもしれない。でも私は、そんなお母さんの思いとは裏腹に赤いチェックのマフラーを巻いてきて、似てるねって言ってほしいな、なんて思ってしまう。だから、雫ちゃんを置いて私だけどんどん年をとってしまうことが少し怖い。

 

いつか私たちは、雫ちゃんの長くて短い歴史を語り尽くしてしまうのかもしれない。でも、それならば、何度だって同じ話をしたいと思う。そのたびお互いに新鮮な反応を返して、笑い合ってしまえばいい。

 

私は車の後部座席で、心の穴から手を伸ばして、雫ちゃんの手を握った。彼女は笑っていた。私と雫ちゃん、お母さんの3人で手を繋いで、車は明日へと帰っていった。