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しまねこかぶり

(一応)理系女子大生の日記です。研究室に通っています。活字と2次元が好き。マイペースで人付き合いはちょっと苦手なタイプ

変わっていく私の世界の中心で

懐かしさは時に、強烈な痛みを連れてくる。その痛みは、今の自分が失ってしまったものを、今の自分が変わってしまったことを突き付けられる痛みだと、私は思っている。

 

 

年末に高校の同窓会があった。同期生が百人単位で高校に集まるという、大規模なものだった。電車を乗り継いで、懐かしい校舎を訪れた。

 

卒業してから4年目。ここに戻ってくるたびに、校舎が小さくなっていくように感じて戸惑う。実際、今通っている大学のキャンパスの面積と比べたらここは何十分の一、もしかしたら何百分の一かもしれない。でも、それだけじゃない。

 

当時の私にとっては、この場所が世界のすべてだったのだ。この場所で、最大限の努力をして一番になれば、ここを出ても乗り越えられない壁なんて一つもない。反対に、ここで大失敗すれば私の居場所は世界のどこにもなくなってしまう。そう、本気で思ってた。

 

今となっては馬鹿だなぁと思う。こんなちっぽけな檻の中でどうなろうが、檻の外にある広大無辺な世界が、見たことのない複雑な色をいくつも携えた世界が、それで全てだと思い込んでいた世界の更に外側を、何重にも覆いつくしてしまうのに。頭では分かっているつもりだったけれど、本当にはこれっぽっちも分かっていなかった。

 

 

 

帰り道。一番つらくて充実していた受験期を、一番近くで闘った友人と一緒に歩いた。「まぁ私も、あの頃に比べればずいぶん丸くなったよ」と私が冗談めかして言うと、友人は「うん、そうだと思う。もっと厳しい人だった。」とやや神妙な面持ちで返すものだから、私は面食らったのち、一瞬で心がすっと冷えた。そんなに分かりやすいほどに、私は変わってしまったのか。

 

 

猛勉強の末、結局一番行きたかった大学に行けなくて、私は自分の限界を知った。努力じゃどうにもできない、お金とか、血筋とか、才能とかに対して抱くものが、対抗心から諦めに変わった。

 

卒業のあたりに私はちょっと壊れて、そして、ほどほどに頑張ることと、ほどほどに力を抜くことを覚えて、今の私を作り上げた。それで良かったんだと思う。いつまでも万能感を捨てられない人は、ただの間抜けだ。

 

 

新しい世界は私の外側を覆っていく。きっとこれから、それはどんどん厚みを増していくだろう。けれども、私の世界の中心、核となる部分に近い場所には、この狭い狭い校舎があるのだ。それはどうやったって変わらないし、変えられない。

 

今の私が立つ場所から核を見つめると、凄く懐かしくて、そして痛む。しかし、私が新しい世界を増やしていって、核から遠ざかっていくにつれて、この痛みも薄れていくんだろうか。失くしたことを嘆く痛みさえ、失くしてしまうんだろうか。

 

私を引き留めようとする高校生の間抜けな私を振り払い、電車を乗り継いで、私は私の場所に帰った。変わっていくことは怖くて寂しい。でも、生きていくためにはきっと必要なことだ。