しまねこかぶり

(一応)理系女子大生の日記です。研究室に通っています。活字と2次元が好き。マイペースで人付き合いはちょっと苦手なタイプ

バイリンガルの悩み

12月31日。真新しいスーツケースを片手に携えて、私は数ヶ月ぶりに実家のリビングのドアを開けた。テレビを見ていた母と姉がこちらを向いた。

「あ、そな帰ってきた」「おかえりー」

「うん、ただいま」

私は、外を走らせたキャスターが床につかないように、資源ごみ入れから適当にとった新聞紙を敷いてから、スーツケースを部屋の隅に置いた。

「これ、最近買ったねん」私は半年ほど前に、新しいスーツケースを探しているのだと母に相談したのを思い出して言った。

「ほんまや。どこで買うたん?」

「ネットで。4500円くらいやった」

「安いな! 大丈夫なん?」

「うん、ちゃんと鍵も付いてるし。あとめっちゃ軽いねん。持ってみいよ」

関西弁がすらすらと口から出てくる。考えたことがそのまま口から出てくる感覚があった。

 

私は大阪で生まれた。3歳の頃に関東に引っ越したが、言語は大阪で習得した。しかし、関西弁を使う相手は家族だけで、外では標準語を話す。つまり、私は一種のバイリンガルなのだ(!)

 

私には、話し言葉を使い分けるようになった瞬間の記憶がある。

関東に引っ越してからのこと。私は母親に抱っこされて、幼稚園の年少クラスの部屋の入り口にいる。目の前には先生。その向こうには、同年代の子どもたち。

母が私に何か言った。多分、先生に挨拶は、とかいう類のことだったと思う。その瞬間、私は考えたのだ。”今ここで関西弁を話して良いのか、それとも標準語を使うべきか”と。

自分が初めて属する家族以外の社会集団において、初めて言葉を発する瞬間。当時の私には知る由もないが、この時の私は、確かに運命の岐路に立たされていた。

実際に何を言ったかは覚えていないが、私は標準語を選んだ。多分、「空気を読んだ」のだと思う。その瞬間からは私は、外では標準語、家では関西弁を使う人生を歩み続けている。

 

この選択が正しかったのかどうか、時折私は考える。

私は今でも、頭の中では大方関西弁で喋っている。「もう嫌やー、帰りたい」とか、「鍵どこに置いたんやっけ」とか。

だから自分の考えを外に出す時は、「標準語」というフィルターに一度通さなくてはいけない。これは、一種の「社会性」というフィルターでもある。これを通して、自分の生の感情が "空気を読んで" 標準語に直るのだが、この時「相手の顔色」とか、「場の空気」とかいった社会的な情報も過剰に付け加わってしまう。

結果、私は本当に自分が言いたかったのかがよく分からないことを口走っていたりする。「思ったことを思った瞬間に口にする」ことが、できない。

 

幼稚園の頃から、周りとコミュニケーションをとるのは苦手だった。自分の意見が言えず、友達の輪に入れず、教室の隅で絵本ばかり読んでいた。

交流が苦手なのは、今も変わらない。ずっと人といるのは疲れるので、一人でいることを選んでしまいがちだ。元来の気質なのかもしれないが、言語の影響も少なからずあると思っている。幼稚園のあの時、関西弁を選んでいたら、もう少し社交的な人間になれていたんじゃないだろうか。

 

 

家では関西弁を喋るのだと言うと、羨ましがられることが多い。「ちょっと喋ってみてよ!」「えー、ちょっとだけやで」なんてやりとりをするのも、なんだか悪い気はしない。でも実は、バイリンガルも結構大変なのだ。