しまねこかぶり

(一応)理系女子大生の日記です。研究室に通っています。活字と2次元が好き。マイペースで人付き合いはちょっと苦手なタイプ

年末の薄情な私

「1月は行く、2月は逃げる、3月は去るというように、3学期は......」校長先生の始業式のあいさつ。これ去年も言ってなかったっけ、なんて思いながらあくび混じりに聞いていた、小学生の私。

 

でも校長先生、本当にその通りですねと、年をとるたび思う。こないだ実家で、箱根駅伝をだらだら見たような気がするのに、もう3月。そろそろ4月始まりの新しい手帳を探さなきゃいけない。まだ今年のカレンダーを出してもいないのに...(私が怠けていただけだけど)。

 

しかし、この3ヶ月の私は実に哀れな存在だと、私は思うのである。

 

こないだ年末だった気がしているから、記憶が鮮明に残っているのだけれど、年末の人間というのはどうしても、その1年のことを振り返りたがる。例えば、長々と書かれたfacebookの投稿を(この1年を1ヶ月ごとに振り返っていきたいと思います!)、読みもせず適当に「いいね!」を打つのは恒例行事みたいなものでしょう。

 

私も投稿こそしなかったけれど、やはり脳内であれこれ振り返った。最初はやる気に満ち溢れていたな。院試はいやいや乗り切ったって感じだったな。あの頃は実験がしんどくて、マンガとアニメに逃避ばっかりしてたな......

 

しかし、そこで呼び起こされるのは、「4年生」で「卒業研究を始めた」私ばかりなのだった。

 

途中で、あれっ、そういや、と気づく。1〜3月の私って何してたんだっけ。そっか、まだ3年生だったのか...え、本当に!?...それで確か、2月は重たいレポートがあって、春休みは...何してたんだっけ。

 

新年度の私は今に続いているし、新しい。だから年末の私はどうしても、1〜3月の古くさい私のことなどすっかり忘れて、なかったことにしてしまうのだ。一部がなかったことにされた「1年」の記憶を積み重ねながら、私は年をとっていく。

 

今の私だって、古くさいなりに頑張ったり、落ち込んだり、楽しんだりして日々過ごしているのにね。今はまだしっかりと覚えている。重たい心を引き摺って実家から一人暮らしの家に帰ってきたこと。村上春樹の本で素敵な文章に出会ったこと。バレンタイン前にデパートの1階をぐるぐる歩く自分が滑稽だったこと。卒研発表会の2日前に初めてレッドブルを飲んだこと。私がカブトムシを歌うのをその子がじっと聞いていたこと。遠くに引っ越す友達が別れ際、ベランダから手を振っていたこと。風邪じゃなくてインフルエンザで、いま容易に外にも出られないこと。

 

一つ一つ、大切な思いが乗っかっている気がするのに、9ヶ月後にはぜーんぶ、なかったことにされてしまう。薄情だね、でも仕方ないね。人間は忘れる生き物だから。だけどそれに少しでも抗いたくて、私はこれを書いているのです。