しまねこかぶり

(一応)理系女子大生の日記です。研究室に通っています。活字と2次元が好き。マイペースで人付き合いはちょっと苦手なタイプ

メーデー

友人と二人で飲んだ帰り道、よく「喋りすぎちゃってごめんね!」「今日は話聞いてくれてありがと〜」と言われる。私は心の中でよかった、と思う。私のつまらない話をくどくどと聞かされるより、気持ちよく喋った方が、相手にとってはきっと楽しい時間だったと思うから。

 

人の話を聞くのは好きだ。聞いていて一番面白いのが、相手の生き様とか価値観が透けて見えてくる話。例えば、「こんな人が好きでこんな人は嫌い」、「モノを捨てることがストレス解消になる」、「気を遣いすぎて友達を遠ざけてしまう」とか。過去の話と合わせて「この人はこういう考え方をする」というのが分かってくると、すごく楽しい。それが自分と近ければ共感するし、違っていれば「そんな考え方もあるのか、面白いなー」と思う。私はきっと、人間が好きで、怖いけど面白いから好きで、だからいつでも、目の前の人間を理解したくて、相手の深い部分に触れられたと感じた瞬間に喜びを感じるのだ。

 

こんな風なので、誰かと会話する時はたいてい聞き役に回る。「聞き上手だね」なんて言われると、嬉しくなる。しかし、人の話を聞けば聞くほど、自分が喋るのはどんどん下手になっている気がする。

 

 

私にだって、誰かに喋りたい話はあるのだ。玄関にアロマを置いたら部屋がいい匂いになっていい気分なんだ、とか。こないだ書評で見かけたこの本を読んでみたいと思ってるんだ、とか。最近聞いたこの曲のこの部分が、すごく好きなんだ、とか。そういうあまりにも些細で、オチなんてなくて、他人にとってはすこぶるどうでも良い話。でも誰かといる時に、私が果たすべき役目は「聞き役」だから。私に「話し役」は期待されていないから。誰かに聞いてもらいたかった気持ちは、心の中にどんどん溜まって体ごと沈んでいって、重くて重くてしょうがなくて、息を吸おうと口を開くのだけど、出てくるのは言葉ではなくて、「うん、うん」という相槌なのだ。

 

私は目の前の人を理解しようと、相手の心に潜る。深いところまで潜れると、私は宝物を見つけたような喜びを感じる。同時に、でもあなたは私のこの深さまでは、一緒に潜ってはくれないのね、という寂しさも見つける。そして私は、誰も潜ってこれない、もっと深いところまで、一人で沈んでいってしまう。