しまねこかぶり

理系女子大生の日記です。研究室に通っています。活字と2次元が好き。気の遣いすぎで人付き合いはちょっと苦手なタイプ

夢のような生活

「朝は、パン屋さんで買ったパンを食べよう。飲み物はココアでもカフェラテでも紅茶でも、好きなものを選んで飲もう。昼に時間が空いたら、喫茶店に行ったり、気ままに買い物でもしよう。それで、夜はホテルの1階にあるバーで、1杯だけ好きなお酒を飲んでから部屋に戻ろう」

「うん。夢のような生活だね。」

夢のような生活。その言葉に、私はちょっと笑ってしまった。なんだか大げさな気がして。彼女は一瞬きょとんとして、えー、なんで笑うの、と少し困ったように言った。

 

私たちは、神戸までとある学会に来ているのだった。全国から研究者が集まって、大きな会場を数日間貸し切って、研究成果を発表し合う会だ。といっても学生の私たちには、胸を張って発表できるような成果もなく、面白そうな発表を見て時間が空いたらそのへんを観光しようか、ぐらいの実に気楽なものだった。

 

一緒に来たTちゃんは、研究室の同期だ。Tちゃんは、常に彼女の世界の中で生きている。そこは、聞きなれない外国の音楽や、私にはよく分からない調味料の入った料理、土から手作りした器など、魅力的な文化で溢れ返っている。私はその世界に触れるのが好きで、そしてすぐに影響されて彼女の真似をしてみるのだけれど、その音楽や料理や器たちは、私の手元に置こうとした途端に、どうにもちぐはぐでうまく肌に馴染まず私は首を傾げることになる。それらは彼女のまとう世界にあって、彼女ごと外から眺めた時に、独特の輝きを放って見える。Tちゃんはそういう女の子だ。

 

 

彼女にとっての「夢のような生活」は、なにも派手に遊んで暮らしたり、あるいはロボットが家事を全てやってくれる、みたいな話ではなくて、普段の暮らしと地続きの、手が届きそうなところにあるのだった。それはたとえば、普段は実験室にいる平日の昼間に、朝からパン屋さんの美味しいパンをのんびり食べられるような生活。

 

私は、ちょっと笑ったあとにふと考えて、彼女は彼女の世界を愛しているのだなと思った。そして、私はそんなTちゃんを好きだった。「ねー、夢のような生活だねー。」と、私は半分冗談みたいに繰り返す。Tちゃんは困惑したような苦笑いを浮かべているままだけれど、彼女が言うのなら、その数日間はきっと本当の夢のような生活になるのだと、私の胸は幸せな予感に満ちていた。